お客様が店を育てる

中国人の「爆買い」がときどき日本で報じられてきました。同じようにアラブのお客様もトルコで高いものをたくさん買っています。

そのため、店側ではふつうの良いリピーターのお客様をばかにしている雰囲気があります。欧米の見る目の肥えた、愛好家的なお客様をです。

この10年~20年、アラブ人に合わせてトルコの商品は、家具もお店のデコレーションもなんだかキラキラしたものに変わっていきました。

トルコ独特のものが変化しているように思います。アラブのお客様がなんでもいっぱい買っていくので、品質も落ちました。これでは欧米の厳しい目をもった愛好家的なお客様は離れてしまいます。こういった人たちをハッピーにさせるようなものづくりをし続けないといけないと思います。

 

イスタンブール

1月半ばにトルコに行きました。
イスタンブールの店の前とテラスからの景色
いろいろと美味しいものも食べています。羊料理ばっかり:)。
ヨーロッパとアジアをつなぐボスボラス海峡の船にも乗っています。

大きなじゅうたん

大きなじゅうたんが思ったより売れています。
大きなじゅうたんはあまり流通していなかったけれど、
仕入れてきたら、すぐに何枚も売れました。
日本は住宅が小さいので、じゅうたんも小さくないといけないと
業界では言われてきたのですが、9平米や
12平米のものなどが売れています。もちろん、
私は選んできた素晴しい品質のものです。
これからは大きなじゅうたんもマーケットとして
意識しなくてはと思います。リビングに映える大きくて
素敵なじゅうたんがあると、家族だんらんのときの
幸せな気持ちが増しますね。

アメリカ 3

フィラデルフィア美術館にも行きました。思っていた以上に素晴らしいコレクションがありました。ボストン・ファイアート、メトロポリタン美術館、ワシントンテキスタイル博物館にも匹敵するような美術館です。
ウシャク絨毯
ゴッホのひまわりもあります。

アメリカ 2

ボストンへ行きました。その年の初雪です。オークションで買ったものを取りに行きました。まず大きなじゅうたん。

これは日本に持って帰ったらすぐに売れてしまいました。エジプトの古い布、これは5〜7世紀のものです。

キリスト教初期のCoptic テキスタイルです。麻とウールで出来ています。染料にはインディゴ、あかね、サフラン、貝、ケルメス(虫です。赤い染料です)…。

仕事柄、こういった古い布には興味があります。それからキリム。このキリムはすばらしく手の込んだジジムです。

アメリカ 1

昨年末にアメリカに行きました。オークションで買ったものを取りに行くためと、もうひとつの目的は、アメリカで素晴らしいラグを作っている会社の経営者の方と会うために。フィラデルフィアに着いたら雪が降っていました。そこからニューヨーク・マンハッタンへ。マンハッタンにはABCカーペットという店があります。大きなビル2棟すべてにカーペット、カーペット…。

日本のカーペット店をすべて合わせても、その広さには及ばないくらいの規模です。もちろん、マンハッタンにはこの店だけではなく、他にも15軒くらいはあります。モダンも、オリエンタルもいろいろな種類のものがあります。比べて日本は、デパートの7階にほんの少しだけですね。

日本ももっと歴史の長い美しいカーペット文化が広がって、いずれマンハッタンのようになればと思います。まだまだだと思い、やる気が出てきました!

南アフリカとジンバブエ South Africa & Zimbabwe

先週アフリカから帰って来ました。
向こうにいるときは春が始まってちょうどジャカランタが満開に咲いたときでした。
とても美しかったのでジャカランタの木を見てすぐに写真を撮ったけれど、じっくりと見ているうちに目になじんできました。「ショッキングパープル」色がアフリカの景色や匂いとともに私の中でとけてきたのです。いくつかのアートを買ったらそこにも紫色がありました。
帰国して弟たちに見せたら色が強いと言われました。 これはジャカランタの紫色を見ていないせいですね!


 

ウズベキスタン−2

ヒバ、ブハラ、サマーカンドは、ウズベキスタンの西、アムダルヤ川沿いにあるそれぞれ小さな町です。

小さい割に当時の大学(medrese マドラーサ)がそれぞれの町にいくつもあって、11世紀あたり世界のsilicon valley だったこの地域で現在の技術の元になる数学、天文学が教えられていました。数学のお父さんとも言えるフワーリズミーそしてウマル・ハイヤームなどなど。世界中で使われている数字0,1,2,3..もアラビア文字でこの辺りから世界に伝えられていきました。

町を歩いてみると建築物の形、タイルの色やデザイン技術もすごいけれど芸術的でとっても素晴らしいです。そこで気づくのは当時の科学者たちは数学者でありながら詩人や哲学者だったということです。

NO ART NO LIFE

ウズベキスタン−1

5月の終わりにウズベキスタンに行って来ました。目的はスザニとイカットの現在の状況はどうなっているのかを見るためです。

ウズベキスタンは中央アジアでシルクロードが通った大事な国です。最初に日本から直行便でタシケントに行って、タシケントからヒバに国内線で行きました。一番西からヒバ、ブハラ、サマーカンド、 タシケント、フェルガナ地方も含めて東の方へ進みました。父や私たちはトルコで、ソ連崩壊後古いスザニやイカットが流れて来たのを見てそれを買ったり売ったりしました。素晴らしいものでした。そのレベルのものは今はほとんどないのです。ソ連時代、ウズベキスタンではスザニの製造は禁止されており、それ以前のものがソ連崩壊後に出回りましたが、主にヨーロッパに売られていってしまいました。

トルコでも同様で、昔作られてきたものは現在と圧倒的にレベルが違っています。トルコは、数十年前まではウズベキスタンと同じ状況でしたが、しかしその後、カーペット業者や研究者などがそれに気づき、早くから復活するために頑張っています。トルコの父や私、弟も復活させたいグループの一角にいます。トルコ人だけではなくドイツ人や世界各国の人々がずうっと研究をして昔ながらの作り方をリメークする方法を探しています。研究はいつまでも終わりません。なぜならば、日本の着物職人の記録のような資料が全然ないのです。遊牧民や村人がお母さんなどから体で学んで技術を継承してきたからです。

研究はかなり進んでいるかと思いますが、最近スイスの方が今まで知られていなかった草木染めのテクニックをたまたまアメリカの本   ( A Perfect Red, Amy Butler Greenfield)から見つけました。コチニール(虫です)を使ってウールを染める時は錫(スズ Sn)を使うと少し紫っぽい赤が染められるとのこと。すぐにブハラなどの絨毯に科学分析をしたところ、17世紀後のブハラの絨毯にも染める時に錫が使われたことが明らかになりました。

今度この情報を生かしたいと思います。トルコの父たちと紫っぽい赤で絨毯を作ってみます。

ウズベキスタンの話に戻りますと、青山のうちの店で売っている昔ながらの製法で再現した繊細で美しい手刺繍のスザニクッションと、ウズベキスタンの街で売っている機械による大量生産のスザニとでは大きな違いがありました。

 

ヒバの写真です。


お問い合わせください?

こんにちは、

一昨日、キリムにだいぶ詳しい方がお店に来られました。色々とコレクションのキリムをご覧になっていました。どんなキリムを広げても、物を詳しく見るよりすぐに名札を見て値段をチェックされていました。それで「あれ」とかおっしゃっているので、どうしたんですかと聞くと、思ったより安いと言われ、ちょっと気になって色々話をしましたら、うちのこと(キリムハウス)をずっと昔から知っていますけれど、
すごく高いお店のイメージがあったため、来るのに勇気がなかったと言われていました。私は少しショックでした。ホームページでコレックションのキリムは全部お問い合わせくださいと書いているからだったらしいのです。

説明をしました。写真撮影はすごく頑張っています。目的は見てくれているお客さんにより現実に近い感じで見せたいからです。ただこちらがいくら頑張っても見てくれている側のモニタやブラサーによって見ている写真は現実と違って見える可能性が高いのです。なので、よその物と色々比べたりする時、写真だけで比べますとそのキリムをコレックションにしている理由がわかりにくいです。

そいうわけでコッレクションのキリムの価格はネットでは見せないようにしていました。改めてよく考えたら昔と違って今日本にキリムの詳しい方がいっぱいおられます。
うちのお客さんもほとんどすでにキリムを持っている方で、よく皆さんアップグレドにキリムハウスに来られます。

キリムハウスのコッレクションを理解していただけることに心配はなく、これから全ての商品の価格を出します。

よろしくお願いいたします。

カラル ハーカン