ウズベキスタン−1

5月の終わりにウズベキスタンに行って来ました。目的はスザニとイカットの現在の状況はどうなっているのかを見るためです。

ウズベキスタンは中央アジアでシルクロードが通った大事な国です。最初に日本から直行便でタシケントに行って、タシケントからヒバに国内線で行きました。一番西からヒバ、ブハラ、サマーカンド、 タシケント、フェルガナ地方も含めて東の方へ進みました。父や私たちはトルコで、ソ連崩壊後古いスザニやイカットが流れて来たのを見てそれを買ったり売ったりしました。素晴らしいものでした。そのレベルのものは今はほとんどないのです。ソ連時代、ウズベキスタンではスザニの製造は禁止されており、それ以前のものがソ連崩壊後に出回りましたが、主にヨーロッパに売られていってしまいました。

トルコでも同様で、昔作られてきたものは現在と圧倒的にレベルが違っています。トルコは、数十年前まではウズベキスタンと同じ状況でしたが、しかしその後、カーペット業者や研究者などがそれに気づき、早くから復活するために頑張っています。トルコの父や私、弟も復活させたいグループの一角にいます。トルコ人だけではなくドイツ人や世界各国の人々がずうっと研究をして昔ながらの作り方をリメークする方法を探しています。研究はいつまでも終わりません。なぜならば、日本の着物職人の記録のような資料が全然ないのです。遊牧民や村人がお母さんなどから体で学んで技術を継承してきたからです。

研究はかなり進んでいるかと思いますが、最近スイスの方が今まで知られていなかった草木染めのテクニックをたまたまアメリカの本   ( A Perfect Red, Amy Butler Greenfield)から見つけました。コチニール(虫です)を使ってウールを染める時は錫(スズ Sn)を使うと少し紫っぽい赤が染められるとのこと。すぐにブハラなどの絨毯に科学分析をしたところ、17世紀後のブハラの絨毯にも染める時に錫が使われたことが明らかになりました。

今度この情報を生かしたいと思います。トルコの父たちと紫っぽい赤で絨毯を作ってみます。

ウズベキスタンの話に戻りますと、青山のうちの店で売っている昔ながらの製法で再現した繊細で美しい手刺繍のスザニクッションと、ウズベキスタンの街で売っている機械による大量生産のスザニとでは大きな違いがありました。

 

ヒバの写真です。