トルコやペルシャ絨毯

キリムと並んで人気の高い絨毯は、その製造国や織りの方法によってさまざまな種類が存在します。

とりわけ、世界的にも名が知られていて有名なものは、トルコ絨毯とペルシャ絨毯。
ペルシャ絨毯は、糸1本に色糸を結んだ「シングルノット式(一重結び)」で織られているのに対し、トルコ絨毯は、縦糸2本に色糸を結んだ「ダブルノット式(二重結び)」で織られています。

シングルノット方式で織られた絨毯は、結び目がシングルであるため、デザインが細かくみえることが特長。
ダブルノット方式で織られた絨毯は、使えば使うほど結び目が締まるため、丈夫で長持ちします。

当店には、手織り絨毯、ウール絨毯、オールド絨毯、シルク絨毯などのトルコ絨毯やペルシャ絨毯を数多く取り揃えています。
デザイン、色、風合いなどがすべて異なるため、ぜひ店内で一枚一枚広げて細部まで観賞してみてください。
眺めているだけでも、その芸術性の高い美しさの虜になるはずです。

また、当店はとりわけアンティーク絨毯の品揃えが豊富ですので、レトロな雰囲気が好みという方にはぜひ一度間近でその雰囲気をご堪能いただきたく思います。
アンティークの絨毯が醸し出す雰囲気には、えも言われぬ魅力があるものです。絨毯一枚で、お部屋の空気までがらりと変えてしまうほど。
お気に入りの一枚を自宅のお部屋に置いたときのことを想像しながら、お買い物を楽しんでいただければ幸いです。


巨匠たちに描かれたオリエンタルラグ

サンクト・ペテルスブルクにあるエルミタージュ美術館に行くと、二本の縦糸にパイルとなる横糸を結んで切る技法で作られた、
最古のオリエンタルラグを見ることができます。見つかった場所は、ユーラシア大陸の中央に位置するアルタイ山脈の古墳の中。
繊維の科学的鑑定によって、紀元前5世紀頃のものであることがわかっています。

西シベリアから中央アジア、そしてヨーロッパへの窓口となるトルコまで、この帯状に広がるオリエンタルラグの産地は、
東西の交易路であるシルクロードに見事に重なります。西端にあるトルコのオリエンタルラグ、いわゆる「トルコ絨毯」は、
西暦1204年に第4次十字軍がコンスタンチノープル(現在のイスタンブール)を攻略した時に、主戦力であったヴェネツィア軍
によって戦利品として大量に持ち去られました。これが、オリエンタルラグ(トルコ絨毯)とヨーロッパ社会との最初の
出会いといわれています。

千年単位で集積された染や柄やパイルの技法などに初めて触れた当時のヨーロッパ社会、その驚きは想像に難くありません。
王侯貴族の財産目標や遺言書に、トルコ絨毯がひとつひとつ書かれていたことでもわかるように、ステータスのシンボルとして、
また貴重な資産として、しっかりと浸透・定着していきました。

イタリアの旅行家マルコ・ポーロ(1254-1324)は、その著作の中でトルコ絨毯について熱く語っています。
イングランド王ヘンリー八世(1491-1547)が、貪欲なトルコ絨毯の収集家であったことも知られています。そして、
多くの画家がトルコ絨毯をその作品の中に描きました。ルネッサンス初期のフランジェリコ(イタリア1390-1455)、
北方ルネサンスの担い手ファン・エイク(オランダ1426没)、ブリユーゲル(オランダ1569没)、ルーベンス(オランダ1577~1640)、
ヴァン・ダイク(オランダ1599−1641)などなど、書き切れないほど多くの著名な画家たちが、作品の中にトルコ絨毯を描きました。

最初は、宗教画の中で聖人や聖母の足元に描かれました。オーラを際立たせ、キリスト教の聖性と独自性を強調するうえで、
絨毯のもつ希少性と多彩な色合いの美しさが大いに役立ったというわけです。16世紀になると、王や王子の足元に配されるようになり
ました。豪奢な絨毯によって、世俗的な権力を強調したのでしょう。さらには、富や社会的ステータスの象徴として、
富豪や権力者の肖像絵にも登場するようになりました。当時の服装は色合いが地味だったので、テーブルの上や背景に絨毯を描くことで、
全体のコントラストを図ったと思われます。

17世紀のヨーロッパ社会では、織物、金銀、宝石、ガラス、楽器などとともに、トルコ絨毯は富を象徴する家財として定着しました。
こうしたヨーロッパ市場に向けた絨毯は、トルコのアナトリア地方を中心に立地した工場で生産され、その製品はヨーロッパの
商人たちの手で、広く世界中にもたらされました。しかし、18世紀になると、たとえ丁寧に製作したとしても、かつてのような
質を確保することは困難になりました。また縦糸の木綿糸の輸入によってヨーロッパ内に生産拠点が広がったこともあり、
東側(オリエント)で生産される絨毯に対する熱狂が次第に冷めていきます。ところが、19世紀になると、再びその流れは逆転します。
古典を再評価する機運が強まり、人々の異文化への憧憬がこれまでになく深まったのです。

この冊子では、多くのオリエンタルラグを紹介していますが、中でも注目していただきたいのは、3人の巨匠と4枚のトルコ絨毯、
すなわちロレンツォ・ロット(イタリア1480−1557)の2枚、ヤン・フェルコーリェ(オランダ1650−1693)、ヨハネス・フェルメール
(オランダ1632−1675)です。

4点の絵に登場するトルコ絨毯は、作家の名前や特有の模様を意味する呼び名がある人気商品で、生産は現代に継承しています。
一枚目の通称「ロット デザイン ラグ」は、トルコのアナトリア地方のキリムの模様で、「アラベスク」とも呼ばれています。
二枚目は図柄の成り立ちから名付けられた「ベリーニ・タイプのお祈り絨毯」。三枚目は、かつてのオスマン帝国領であった、
現在はブルガリアのトランシルバニアン地方の教会でよく飾られたいためトトランシルバニアンと言われるようになりました。
セットになった文様が連続するカルトゥーシュ・ボーダー(cartouche border)が素晴らしく「トランシルバニアン ダブルナイス ラグ」
とも呼ばれています。四枚目のフェルメールは、ヨーロッパにオリエンタルラグが伝わってから400年以上後の作品なので、
より東方の産地、例えばイラン絨毯などの影響を受けた「ビジャールラグ」です。 

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